藤本貞三郎 御奉公書上 年表の解説(1)


年表の中で注目点 

(1)年表のなかで
3月13日 武州橘樹郡 上作延村宿泊 4月2日まで」
上作延村は現在、川崎市 溝口駅 近くにあり、



この地図の左中央に上作延小が見えることから、この付近に宿泊した。
溝口宿は 矢倉沢往還宿場町で溝口村、上作延村、下作延村他1村で運営していた。

3月 6日 大総督府、江戸城総攻撃を指令

備前岡山藩も江戸に向けて進軍していたが

3月14日 西郷隆盛、江戸城総攻撃を中止

このため、上作延村に長期間(3月13日から4月2日まで)滞在し、江戸に入った。
上作延村には、三田氏など朝廷に近い名家もあった。

溝口駅近くの大山街道ふるさと館立ち寄ると江戸時代後期、幕府は、外国人が多い横浜を避けた新東海道を考えていたことが紹介されているが、
新東海道を作る元気もなく立ち消え。 この街道は、江戸後期から東海道の裏街道であり、大山参拝の大山街道としてにぎわった。
備前岡山藩は神戸事件などのため、横浜を避けてこの道から江戸を目指したと思われる。

 

戻る   home

作成者 藤本典夫